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秋田地方裁判所 昭和34年(ワ)106号 判決

判  決

秋田県雄勝郡雄勝町桑崎字平城一三四番地

原告

阿部秀樹

同所二〇九番地

原告

金子一夫

右両名訴訟代理人弁護士

内藤庸男

被告

右代表者法務大臣

植木庚子郎

右推定代理人

真鍋薫

三浦鉄夫

工藤恭助

被告

秋田県

右代表者知事

小畑勇二郎

右指定代理人

田中幸次郎

右被告等両名訴訟代理人弁護士

木村一郎

右当事者間の昭和三四年(ワ)第一〇六号損害賠償請求訴訟事件について当裁判所は、昭和三六年九月一一日に終結した口頭弁論にもとずいて、次のとおり判決する。

主文

被告秋田県は原告ら両名に対しそれぞれ金一二八、七〇〇円ずつ及び内金一〇万円に対する昭和三三年四月一五日から、内金二八、七〇〇円に対する昭和三四年五月二六日から各支払済みにいたるまで、年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用は原告らと被告秋田県との間において原告らに生じた費用を二分し、その一を被告秋田県の負担とし、その余は各自の負担とし、原告らと被告国との間においては全部原告らの平等負担とする。

本判決中原告勝訴の部分は仮に執行できる。

事実

原告ら訴訟代理人は、別紙訴状記載のとおり請求の趣旨及び原因を述べ、「本件は国家賠償法第一条にもとずく請求である。被告国に対する請求の根拠は、司法警察権という国家権力の違法な行使により、原告らが損害を蒙つたことにある。」と釈明した。

被告秋田県訴訟代理人及び被告国訴訟代理人は、それぞれ別紙各答弁書記載のとおり述べた。

(証拠関係)《省略》

理由

(一)  事件の概要

昭和三三年三月二〇日午後一一時三一分頃、奥羽本線上り貨物列車が、秋田県雄勝郡桑ケ崎字宮古町一四番地の三所在通称「寺田踏切」を通過した際、その附近の線路上にこれとほぼ直角に横たえてあつた護輪軌条二本をはねとばしたこと、及び、警察当局が右の事件を列車妨害事件として捜査を開始し、原告ら両名を重要参考人として取調べたところ、原告らは当初、右事故に関係なき旨を述べていたが、同年四月一〇日いずれも「共謀して右護輪軌条を線路上に置いた」旨を自白したので、原告ら両名を列車妨害事件の被疑者として自白調書を作成し裏付け捜査を遂げた上、これを秋田地方検察庁横手支部検察官に送致したところ、同検察官はこれを少年事件として秋田家庭裁判所横手支部に送致し、同支部において審理した結果、「犯罪の嫌疑なし」という理由で不処分の審判がなされたことは、当事者間に争いがない。

(二)  捜査の経過

そこで、原告らが、右に述べたように重要参考人として取調べられた結果、右犯行を自白するにいたつた捜査の経過を考えるに、(証拠)を綜合すると、次の事実が認められる。

(1)  湯沢警察署は、本件事故が発生するや直ちに一七・八名の警察官を以て、警部土田誠孝の指揮のもとに捜査本部を開設し、当初鉄道に対する怨恨者、不良又は酩酊者の悪戯であろうとの想定にもとずき捜査を進めたが、一方当夜寺田踏切を通過した者の聞込みにつとめ、附近一帯の部落についてほとんど各戸調査を行つたところ、原告らを含む七名の者が当夜右踏切を通過したことが判明した。

(2)  そこで、捜査本部は捜査の焦点を右七名の者にしぼり、その足どり、性行等を調査したところ、原告ら以外の五名については、ほぼその嫌疑が晴れたのに、原告ら両名は当夜前記事故発生の直前二人連で自転車で寺田踏切に通過したものと推認されること、前記護輪軌条は二人がかりでなければ容易に持ち上げられない程度の重量のものであること及び原告らが当初聞込みに行つた警察官に対し、当夜右踏切を通過したことを秘匿していたこと等の諸般の事情を考慮し、昭和三三年四月九日の捜査会議の結果、原告らを重要参考人として取調べることを決定し、翌四月一〇日午前九時頃原告らを湯沢警察署に任意出頭させ、藤島万之助巡査部長が原告阿部秀樹(当事一六才)を、高橋健治警部補が原告金子一夫当時一五才を、それぞれ取調べた。

(3)  原告らは、右取調官に対し、当初は頑強に、本件列車事故に関係ない旨を述べていたが、当夜の行動を追求され且つ種々説得された末、同日午後三時頃、相次いで、「前記護輪軌条二本は原告らが悪戯のため、線路わきから線路上に置きかえたものである」旨を自供するにいたつたので、警察本部長の指揮(丙第一九号証の一、二)を得て、それまでの参考人としての取調を被疑者としての取調に切りかえ、自供調書を作成し、その後は、現場に少年らを連行して犯行の実演をさせる等の簡単な「裏付け捜査」をしただけで、犯行後原告らが手を拭いたことの想定のもとに領置した映画のビラ及び手袋の鑑定も行わずに事件を秋田地方検察庁横手支部検察官に送致した。

(三)  自白の信憑性

原告らが列車妨害の事実を自白するにいたつた経過の概要は、右に述べたとおりである。そこで、捜査官が原告らに対して取つた措置に過失があつたかどうかを判断する前に、原告らの右自白が真実であつたかどうかを考えなければならない。

(証拠)を綜合すると、原告らは、当夜雄勝郡雄勝町横堀所在「横堀シネマ」で映画を見物し、午後一〇時四二分に右映画館を出て自転車に乗つて途中寺田踏切を越えて平城部落にある自宅に帰つたこと、「横堀シネマ」から寺田踏切までの距離約三、四〇〇米(自転車で約一五分以内の距離)であり、寺田踏切から平城部落入口附近までの距離は約六〇〇米であること、原告らは右平城部落入口附近で柴田勝家に出会い言葉を交したのであるが柴田は同所にある渡辺貞蔵方から午後一一時頃出て来て一、二分後に原告らに出遭つたものであり、しかも同家の娘ムツは、柴田が帰つてから間もなく、台所の窓から上り最終客車(電燈がついていたので客車であることが分つた)が須川鉄橋(寺田踏切の北方近距離にある鉄橋)を通過するのを見たこと、及び、右最終客車(本件事故に遭遇した貨車の直前に同所を通過する列車)が寺田踏切を通過した時刻は午後一一時一〇分三〇秒頃であつて、しかも同列車が同所を通過する際には、何の障碍も受けなかつたことが認められる。そうすると、原告らは、右最終客車の通過前にすでに寺田踏切を越えていたことになるから、原告らが平城部落入口附近からふたたび寺田踏切に引きかえしたことが立証されないかぎり、原告らが本件列車事故に関係なきことは明らかであり、従つて原告らの前記自白は虚偽であつたと認めざるを得ない。

(四)  捜査官の過失の有無

そこで次に、原告らをして右のような虚偽の自白をなさしめるにいたつた捜査の過程において、捜査官の措置に過失があつたかどうかを判断する。

前述のとおり、昭和三三年四月一〇日午前九時頃、原告らに対する取調が開始され、当初原告らは極力前記列車事故に無関係である旨を申立てていたのであるが、同日午後三時頃相次いで自白するにいたつたものである。この事実と右に述べたとおり自白が虚偽であつた事実とを考え合わせ、且つ原告らを各本人尋問の結果に照らすと、右否認から自白にいたるまでの間に、捜査官らが原告らに対し強制の程度には達しなかつたとしても、相当執拗な自白の勧誘又は説得を行つたものと認めざるを得ない。

もちろん、犯罪の嫌疑ある者に対して、その供述の矛盾を追求し証拠をつきつけ、又は良心に訴える等の方法により、自白の説得、勧誘を行うこと自体は、それが強制にわたらないかぎり、何ら非難すべきことではなく、むしろ捜査の常道であろう。しかし、心身未発育で、被暗示性強く、自我が確立していない少年に対し、根拠のない嫌疑にもとずいて、強く自白を説得勧誘することが、時として少年を虚偽の自白に導く危険性をともなうことは、経験則上明らかであるから、少年の取調にあたる捜査官は、このような危険を避けるために慎重な配慮をすべき注意義務を負うものである。換言すれば、捜査官は、少年に対して自白の勧誘説得を開始する前に、果して当該少年を疑うに足る合理的根拠があるかどうかを慎重に検討しその根拠薄弱であるにかかわらず、早急に自白を求めることは厳に慎しまなければならない。もし、捜査官が右の注意義務を忘れ、兎も角も自白を得れば良いという態度で少年犯罪の捜査に当るならば極端に言えば、路傍の一少年を連れて来て、執拗なる説得、誘導又は暗示により犯罪事実を自白させ、無意識のうちに、犯人に仕立てあげるような忌むべきことが起らないともかぎらないであろう。

本件原告らの捜査にあたつた捜査官らが、右に述べた注意義務を尽したかどうかを考えるに、前述の捜査をかえり見ると、原告らが「重要参考人」として取調を受ける直前の捜査段階において原告らに対して嫌疑をかける根拠とされた事実はどれ一つとして決定的なものでないだけでなく、一方において、すでに原告らの有力なアリバイ証拠と目すべき甲第一三号証(前記柴田勝家の供述調書)及び同第一六号証(前記渡部ムツの供述調書が取られておりしかも原告らの当初の供述(第一一号証、同第一四号証)はこれと附合していたのであるから、もし捜査官らが原告に嫌疑をかけようとするならば、先ずこれらのアリバイの真否を追求すべきでありその結果これがくずれないかぎり原告らに対し自白の説得、勧誘を開始するに足る合理的根拠があつたものとは考えられない。そして右のアリバイがくずされたことを認むるに足る証拠はないのであるから、捜査官らが前記の注意義務を尽したものとは到底認められない。

原告らが捜査上の過失により虚偽の自白に導かれたことは、右に述べたところにより明らかである。繰りかえして述べるが、犯罪の嫌疑ある者に対し、前記のような正当な方法により自白の説得をすること自体が違法なのではない。前述のとおり、心身未発育な少年である原告らに対し、嫌疑をかけるに充分な合理的根拠なきにかかわらず、早急に自白の説得を行い、虚偽の自白に導いた点に、捜査上の過失を認めざるを得ないのである。

(五)  損害の発生及び損害額の算定

右に述べたように、捜査官の早急な説得により虚偽の犯罪事実の自白に導かれたこと自体が原告らに大きな屈辱感を与え、その心中に消えがたい傷痕を残したことは推察するにかたくない。又、前記不処分決定を受けるにいたるまでの間における原告らの不安と焦慮を充分考慮しなければならない。それのみならず、(証拠)によれば、原告らは不良性のない勤勉な少年であるところ、右の列車妨害の犯罪事実を自白したことにより、被疑者として取り扱われるにいたつたことは、たちまち部落中に知れわたつたことが認められるから、これにより原告らの名誉が毀損されて、原告らが相当の精神的苦痛を受けたことは、容易に推認されるところである。これらの事情を綜合すると、原告らの受けた精神的苦痛に対する慰藉料は各一〇万円とするのが相当である。

次に(証拠)を綜合すると、原告らは、前記のとおり不処分決定を受けるにいたるまで、その無実を証明するために、昭和三六年五月二六日(本訴提起の日)前に弁護士費用として、各二八、七〇〇円以上を支出したことが認められる。そして右金額は日本弁護士連合会会規第七号による弁護士の報酬等基準額によつてもこの種の事件の費用として相当と認められる。

そうすると、前記捜査上の過失により原告らの蒙つた損害額は、各自について、以上の合計一二八、七〇〇円と算定される。

(六)  結論

原告らは、被告国及び被告秋田県の双方に対して右損害の賠償を請求しているのであるが、都道府県警察の運営及び管理は、その費用の支弁をも含め、地方自治法第二条第五項第二号、警察法第三六条、第三七条により都道府県の固有事務とされており、しかも前記捜査にあたつた警察官はいずれも秋田県の地方公務員(警察法第五六条)なのであるから、国家賠償法により損害賠償の責に任ずべき者は、被告秋田県であつて、被告国ではない。

よつて原告らの本訴請求中、被告秋田県に対して前記損害額及び内金一〇万円(慰藉料)に対する昭和三三年四月一五日以降、内金二八、七〇〇円(弁護士費用)に対する昭和三四年五月二六日以降各支払済みにいたるまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は正当であるから認容し、その余は失当であるから棄却し訴訟費用について民事訴訟法第八九条第九二条を仮執行の宣言について同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

秋田地方裁判所民事部

裁判長裁判官 渡 辺  均

裁判官 浜 秀  和

裁判官 高 木  実

訴状および各答弁書

<省略>

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